中国


中国に関する概略

中国(ちゅうごく)は、ユーラシア大陸の東部を占める地域、および、そこに成立した国家や社会。中華と同義。

近年は、中国大陸を支配する中華人民共和国の略称として使用されることが多い。

本記事では、「中国」という用語の「意味」の変遷と「呼称」の変遷について記述する。more

中国の歴史に関する概略

中国の歴史(ちゅうごくのれきし)、あるいは中国史(ちゅうごくし)。

中国に現れた最初期の人類としては、元謀原人や藍田原人、そして北京原人が知られている。

中国大陸では、古くから文明が発達した。中国文明と呼ばれるものは、大きく分けて黄河文明と長江文明の2つがある。黄河文明は、畑作が中心、長江文明は稲作が中心であった。黄河文明が、歴史時代の殷(商)や周などにつながっていき、中国大陸の歴史の中軸となった。長江文明は次第に、中央集権国家を創出した黄河文明に同化吸収されていった。more

中華人民共和国に関する概略

中華人民共和国(ちゅうかじんみんきょうわこく、中国語: 中华人民共和国)、通称中国(ちゅうごく)は、1949年に中国共産党によって建国された社会主義国家。東アジアのユーラシア大陸東部に位置する。首都は北京市。

世界最大の人口を擁する国家である。約13億人という人口は、19世紀末の世界人口(13-15億人と推計)、あるいは、現代の西ヨーロッパ(約4億人)とアフリカ(約10億人)の合計に匹敵する。ただ、中国国内の潜在的な人口は、統計上含まれない黒孩子(ヘイハイズ)や盲民と言われる浮浪民の人口などによって大きく変わり、実数ははっきりしない。

人口の94%を占める漢族のほか、チワン族、ウイグル族、モンゴル族、チベット族、回族、ミャオ族、イ(彝)族、トゥチャ族、満族など、政府が認定している55の少数民族よりなる多民族国家である。

また人口、国土面積においても世界最大の単一国家である。

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナムと隣接している。また黄海や東シナ海を挟んで日本や大韓民国(韓国)とも接している。ギネスブックによれば最も多くの国(16ヵ国)と国境を接している国である。more

日本との関係に関する概略

日本列島は更新世末期から完新世初期にかけての氷河期の終了に伴う海水の浸入によってユーラシア大陸から切り離されるまでは同大陸とは地続きであったと考えられている。日本人の祖先にあたる人々の中には、アフリカから現在の中国大陸を経由して渡ってきた人々も含まれているものと見られている。

中国の文献に初めて倭国の記述が見られるようになるのは『漢書』における「地理志」の中である。紀元前1世紀ごろの倭は100国あまりの小国分立の状態であり、朝鮮半島にあった楽浪郡に使者を定期的に派遣して貢物を献上していた。

また『後漢書』における「東夷伝」は、1~2世紀ごろの倭の様子を記している。57年に奴国の使者が洛陽に赴いて後漢の初代皇帝である光武帝から印綬を授けられた。また、107年には倭の国王である帥升らが160人の奴隷を安帝に献上した。これらは、後漢と冊封関係にあった小国が、九州北部に存在したことを示している。

『三国志』の中の「魏志倭人伝」によると、3世紀ごろの倭の様子は帯方郡の海の向こうに邪馬台国があって内紛状態にあった。しかし、卑弥呼が女王になると祭政一致で国をうまく治めた。239年には、卑弥呼が魏に朝貢して「親魏倭王」が刻まれた金印と銅鏡を授かった。卑弥呼が死んだ後、国は再び乱れたが13歳の壱与を女王にして平安を保った。

600年に多利思北孤が遣隋使で派遣されたと『隋書』「卷八十一 列傳第四十六 東夷 俀國」には記されているが、『日本書紀』にはこれに関する記述はない。一般的に有名な小野妹子の遣隋使節派遣は607年である。more

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