米国


米国に関する概略

アメリカ合衆国(アメリカがっしゅうこく、英語: United States of America)、通称アメリカ、米国(べいこく)は、北アメリカ大陸および北太平洋に位置する連邦共和国である。

イギリスの北米植民地が1776年7月4日に独立を宣言して成立した国家で[3]、独立宣言において全ての人民の権利と平等をうたい政府をその保障手段と明確に位置づけ、かつては奴隷制のような矛盾を抱えつつも、ロックらの人権思想を理念的基盤として歩んできた歴史を有する。少数のネイティブ・アメリカンと呼ばれる先住民以外の国民は、主にユーラシア大陸からの移民もしくはアフリカ大陸から奴隷貿易によって強制連行された者の子孫である。そのため、その母体になった国々や、その他多くの国家の特徴を経済的、政治的、軍事的、そして文化的にも合わせ持っている。資本主義、自由主義、民主主義、共和制、大統領制、二院制を採用している連邦国家の1つである。

国土は、北アメリカ大陸中央部の大西洋と太平洋に挟まれた本土(48州と連邦政府直轄地である首都ワシントンD.C.)、大陸北西部のアラスカとアリューシャン列島(アラスカ州)、太平洋のハワイ諸島(ハワイ州)。さらに本国の他に、プエルトリコやグアム島などの海外領土を領有する。アラスカとハワイを除く本土は、北はカナダ、南はメキシコと隣接。アラスカ州はベーリング海峡を挟んでロシアと接する。more

日本との関係に関する概略

日本人の船員クリストファーとコスマスらがスペインのガレオン船によって1587年にアメリカ大陸にたどり着いた。1610年、田中勝介は20人の日本の代表を引き連れ、日本製の船サン・ブエナ・ヴェントゥラ号によってアメリカへと渡った。1791年、アメリカ人探検家ジョン・ケンドリックによって率いられた2隻のアメリカ船が紀伊半島の南にある紀伊大島に11日間停泊した。

1837年、鹿児島湾、浦賀沖に現れた商船モリソン号(Morrison)に対し砲撃を行う事件が発生(モリソン号事件)。後に、このモリソン号にはマカオで保護されていた日本人漂流民の音吉ら7人が乗っており、モリソン号は非武装だったこと、また、事件当時はフェートン号事件以来警戒していた英船だと勘違いされていたが、後に米船であることが判明。

1841年、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号は難破した船に乗っていた中濱万次郎と他の4人を救助した。

1852年、ペリーは日本と通商条約について交渉するため、艦隊を率いてバージニア州ノーフォークを出発。1853年7月8日、蒸気フリゲートであるミシシッピ、プリマス、サラトガ、サスケハナを江戸の近くにある浦賀に停泊させ、徳川幕府の代表と会見(黒船来航)。more

外務省の米国における対日世論調査

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