【特定アジア】日中朝ともに毒された儒教こそが、問題の根源だ


韓国済州島で秋に行われる儒教の儀式清朝も初期の頃はともかく、この頃になると中国化が進み、“儒”の秩序を重んじるようになる。以前までの諸王朝の前例に鑑み、自分たちこそが“華”だと思うのは当然の流れだった。

朝鮮は先ほども触れたように、発祥の中国の体たらくを目の当たりにして、自分たちこそが本場、“華”だと思ったし、日本にいたっては、中国冊封下にないだけに、余計に独立心が強く、自分たちこそが“華”だと思った。

隷属させた琉球に朝貢させたり、朝鮮通信使を朝貢のようなものと位置づけていたのも、日本の“華”に対して、その威を恐れ恐縮し、周辺の“夷”がわざわざ来貢してきた、そう思いたい、そう思うことで、日本なりの華夷秩序が実現すると信じたわけだ。

さて、ここまで“儒”という言い方をしてきたが、もちろん儒学、あるいは儒教と呼ばれるものだ。儒学、儒教どちらの言い回しを採用するべきなのか。これは非常に難しい。日本では両者とも通用するが、中国では儒教という言い方はあまりしない。学問としての儒学、宗教としての儒教という明確な区分は本来的にも実際的にも不可能なのだ。

そして、ここまで読んでくれば、特定アジア問題が宗教問題だというからには、この儒教のことを指している、というのは分かってくる。

また、ここで解説しておかなければならないのは、以上までの“儒”に関する考えや、日中韓三国の動向に関して、井沢元彦氏の様々な書籍・論説、とりわけ代表的著作『逆説の日本史』を参考にしていることだ。

『逆説の日本史』は、日本の歴史学があまりにも専門を細かく分けすぎてしまって、「通史」という観念は実際上の書籍が日本では存在しなくなってきていることを憂い、日本の「通史」を目指すものとして、「通史」は司馬遷(『史記』の著者)の昔から一人で著作されるべきもので、その伝統に則って進められている事業だ。

その中で氏が展開するのは「宗教」こそが歴史を動かしている、ということ。現在の日本の歴史学者があまりにも「宗教」の歴史的影響を軽視している、という問題意識を抱え、「宗教」が人の内面に関わることであり、記録や資料に現れにくいという性質上も鑑みて、現在の日本歴史学における、「資料が無ければ該当する史実も無い」という資料絶対主義を徹底的に批判し、「人間の、常識的な判断」を目視して、歴史をつなげていく。

儒教に関しても、日本を、東アジアを理解するための必須の宗教知識として、『逆説の日本史』の中ではかなりのページを割いて、その都度詳述している。詳しくは『逆説の日本史』を読んでいただきたい。細かい点では反論、異論は多いかもしれないが、日本の本格的な通史として挑戦的な作業であり、全体的な流れは非常に分かりやすい著作と言える。

写真は韓国済州島で秋に行われる儒教の儀式。(World Eyes編集S/Y)

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