2月 24

【特定アジア】江戸時代ごろの日中朝の関係をざっくり振り返ってみる


宗教問題はそもそもが厄介だ。現在世界で起きているテロ事件のほとんどは宗教がらみであり、パレスチナ問題は解決の糸口さえ見えない。

特定アジアと呼ばれる問題も、そのひとつとして考えて適切に対応しなければ、領土の問題も絡み、ますます東アジアのパレスチナ問題となってしまい、問題は深刻化し、解決されることはなくなる、少なくともその難しさを増していくだろう。 >>続きを読む

12月 23

朝鮮通信使


朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)とは、日本へ派遣された李氏朝鮮の使節。

朝鮮通信使のそもそもの趣旨は室町将軍からの使者と国書に対する返礼であり、1375年(永和元年)に足利義満によって派遣された日本国王使に対して信(よしみ)を通わす使者として派遣されたのが始まりである。

15世紀半ばからしばらく途絶えて安土桃山時代に、李氏朝鮮から豊臣秀吉が朝鮮に出兵するか否かを確認するため、秀吉に向けても派遣されている。しかし、その後の文禄・慶長の役によって日朝間が国交断絶となったために中断された。

その後、江戸時代に再開された。広義の意味では室町時代から江戸時代にかけてのもの全部を指すが、一般に朝鮮通信使と記述する場合は狭義の意味の江戸時代のそれを指すことが多い。

「朝鮮通信使」という表現は研究者によって造作された学術用語であり、史料上には「信使」・「朝鮮信使」として現れる。また江戸幕府は朝鮮通信使の来日については琉球使節同様に「貢物を献上する」という意味を含む「来聘」という表現を専ら用いており、使節についても「朝鮮来聘使」・「来聘使」・「朝鮮聘礼使」・「聘礼使」と称し、一般にもそのように呼ばれていた。more